
東京渋谷公園通りギャラリーでは、2025年に開催した展覧会「今村遼佑×光島貴之 感覚をめぐるリサーチプロジェクト 〈感覚の点P〉展」(以降、「感覚の点P展」)に関連して、展覧会における印刷物を、点字と触図付きで制作する印刷実験のプロジェクトに取り組みました。その目的は、視覚に障害のある方へのアクセシビリティの充実を図るとともに、視覚的に伝える情報と触覚的に伝える情報とを合わせて、見える人も見えない人も一緒に楽しむことのできる展覧会の実現にあります。
印刷実験では、複数の印刷方法とそれに基づくデザインの検討をおこない、その結果を反映させて、点字・触図付きのチラシ、ハンドアウト、会場マップをつくり、最後にカタログを刊行しました。実験は、これをもって一区切りとなりましたが、このページでは、一連の取り組みの内容や成果について報告します。
インタビュー動画「〈感覚の点P〉展における デザインとアクセシビリティのための印刷実験」
出演:光島貴之、芝野健太、門あすか 撮影:阪中隆文、小山友也、編集:阪中隆文、協力:アトリエみつしま、鹿島萌子、株式会社ライブアートブックス(2025年11月撮影)
【音声ガイド付き】インタビュー動画「〈感覚の点P〉展における デザインとアクセシビリティのための印刷実験」

印刷実験を行うきっかけとなったのは、感覚の点P展に先立って実施したプレイベント(2025年5月19日~5月26日)の広報物制作でした。このプレイベントでは、視覚に障害のある人も情報にアクセスしやすく、多くの人に関心を寄せてもらえる広報物を目指し、展覧会のコンセプトを反映させた、UVインクによる点字と触図付きのチラシ制作に取り組みました。
しかし、印刷後の乾燥過程でインクと紙の縮み方に差が生じ、チラシ全体が波打ってしまう問題が発生しました。印刷方法を調整した結果、紙の波打ちは解消されましたが、チラシ中央に配置していた触図部分については印刷を断念せざるを得ませんでした。その結果、触図が本来もつ触覚的な情報が十分に伝わらず、空虚な印象を与えてしまうという新たな課題が残りました。

チラシ全体が波打ってしまった印刷サンプル
撮影:芝野健太
こうした経験を通して、展覧会のコンセプトを伝えるデザイン性と、さまざまな背景をもつ人が使いやすいアクセシビリティを、どのように両立させることができるのかという問いが生まれました。この問いに向き合うため、適切な印刷方法と、それに基づくデザインの検討を始めました。
この試みは、異なる立場から多様な専門性をもつメンバーが協働するかたちで進めました。主な関係者とその役割は、以下の通りです。
最終的に、UVシルク印刷とエンボス加工の2種類の印刷加工方法に、4種類の紙を用いて、8種類のサンプルを作成しました。
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●音声ガイド1 https://youtu.be/nH-96y9m8MQ
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●音声ガイド2 https://youtu.be/fs6JQFZYhmQ
印刷物撮影:貝淵亜季
東京都渋谷公園通りギャラリー 資料スペースにて閲覧いただけます。(開架日時は不定期のため、お問い合わせください)
アクセシビリティコーディネーター 鹿島萌子
2025年2月から5月にかけて、東京都渋谷公園通りギャラリーで開催された展覧会「今村遼佑×光島貴之 感覚をめぐるリサーチ・プロジェクト〈感覚の点P〉」にあわせて、視覚障害のある来館者が、展示室の形や通路、受付の位置、主な作品の配置など、会場の空間構成を手で読み取れる「触図つき会場マップ」を制作しました。
視覚障害のある人が展覧会を訪れる際、受付スタッフの案内や音声ガイドは重要な手段です。一方で、触図には、来館者が自分のペースで確認できることや、来館前後に振り返ることができること、同行者と一緒に読み解けることなど、別のよさもあるのではないでしょうか。こうした特性は、他の案内手段を補う可能性もあると考え、「触図つき会場マップ」を制作することにしました。また、今回は、会場設置用(A4サイズ)と持ち帰り可能な配布用(A3サイズ)の2種類のマップに挑戦しました。
制作は、全盲の美術家であり出展作家の光島貴之さんと、本展の広報物デザインを担当したデザイナーの芝野健太さんとともに進めました。
エンボス加工や発泡印刷をはじめとする4種類の印刷方法を検証し、「点の再現性が高く指が滑りやすい」エンボス加工を採用。設計の過程では、試作を複数案作成し、それをもとに光島さんと確認しあいました。光島さんの示唆を受け、例えば、凡例を最小限に抑えたり、マークや数字で情報を補う設計に変更したりしました。また触図を「ひとりで読む地図」だけでなく、「見える人と見えない人が一緒に読む対話のきっかけ」として活用する考えも取り入れました。あえて墨字では示さない、触ることで初めて分かる情報を組み込み、見えない人が見える人に情報を伝える場面が生まれることも意図しました。最終的に、視覚と触覚の両方に対応したデザインに仕上げました。
会期中には実際の利用の様子を見つつ、会期後には来場者・非来場者を含む視覚障害のある人5名(全盲3名・弱視2名)に、触図つき会場マップを触ってもらいながらヒアリングを行いました。EasyTactixで出力した会場設置用マップは「凹凸が明確で読みやすい」と好評でした。一方、配布用ハンドアウトについては「線が薄い」との指摘があり、エンボス加工による表現の課題も明らかになりました。また、凡例についても、まだ複雑で「情報が多い」という意見がありました。一方で「触図は事前よりも来館後の振り返りとして面白い」という声もあり、実際の空間体験と結びつくことで理解や楽しさが深まる可能性が見えてきました。
今回の取り組みから、触図はただ設置するだけでは十分に機能しないことが明らかになりました。存在を知らせる案内や、ゆっくり触れる環境づくりも重要です。本制作は、触図を「情報保障としての装置」だけでなく、「空間を共有するためのコミュニケーションの媒体」として捉え直すひとつの試みであったと考えます。
門あすか(東京都渋谷公園通りギャラリー)
一口にアクセシビリティと言っても、その考え方・感じ方は多様であり、情報を保障する方法もさまざまです。このたびの試みは、従来の情報保障のあり方からは、外れている点もあります。まず対象を「展覧会の印刷物」に限っている点や、出展作家でもある光島自身が視覚に障害のある当事者であり、その光島の感じ方が、実験を進める中で取捨選択する際の判断基準のひとつとなっている点は、他にあまり例を見ない特徴といえるのではないでしょうか。
しかし、インタビュー動画の中で光島が言及しているように、空間全体をつかった今村遼佑の作品は、鑑賞者がその場に身を置くことで感じる気づきを促すインスタレーションです。答えのない展示室のなかで、作品にふれながら、今どのように感じているのかという自身の心のうちにもふれることで鑑賞が成立します。そこには、言葉には言い表せない、多分に概念的な要素が含まれています。
この実験の芽が生まれ、実践する養い場となった感覚の点P展は、光島と今村の二人が対話することで、日常の中にある無意識的な気づきを引き出し、そこから、またそれぞれに新たな作品の制作を行ってきました。そのプロセスは、すべてが手探りで、あらかじめ決められたシナリオのない道のりでした。
例えば、待ち合わせをしていて目的地にたどり着くためのガイドを目的として、情報を伝える術を考える場合は、的確に道順を説明する必要があります。しかし、美術展は、とくに現代の作家が取り組む概念的な作品においては、丁寧な説明は鑑賞の楽しみを奪いかねないものです。作家が敢えて残した余白は、鑑賞者が個人の記憶を掘り起こし、一人ひとりの感じ方を味わうためのものです。そこを説明し過ぎると、かえってその体験を妨げてしまうこともあります。
この試みは、視覚に障害がある方だけではなく、さまざまな人に届けることを目的に取り組みました。それにより、障害の有無に関わらず、美術を楽しむ際に私たちが、さまざまな感覚をつかい、連携させながら感じていることを知ることができたのではないでしょうか。この試みを一つの通過点として、次につなげていければと思います。
| 主催・企画 | 東京都渋谷公園通りギャラリー |
|---|---|
| 企画協力・印刷加工 | 株式会社ライブアートブックス(株式会社大伸社) |
| アドバイザー | 光島貴之 |
| アートディレクション・デザイン・印刷監修 | 芝野健太 |
| アクセシビリティコーディネート・運営補助 | 鹿島萌子 |
| アートワーク | カワイハルナ |
| 特別協力 | アトリエみつしま |
| 協力 | 今村遼佑 |
| 担当 | 門あすか(東京都渋谷公園通りギャラリー) |
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