先日、交流プログラム 力石咲滞在制作・展示「ファイバー! サバイバー! ここにある術」の記録映像が、ギャラリーYouTubeチャンネルにて公開されました。
このプログラムでは、交流スペースを会場として、糸や毛糸などの繊維素材を用いて制作する力石咲さんによる滞在制作・展示を行いました。
力石咲さんは、これまで、ものや人、まちとの「つながり」に関心をもち、編むことをコミュニケーションの手段とした作品を多く手がけてきました。しかし、コロナ禍や近年の不確実な世界情勢を目の当たりにして、自身の制作スタイルを大きく変えることとなります。
今回の滞在制作・展示のテーマは、「この世界に糸と自分だけになったら、どうやって生き延びるか」でした。これは、力石さんが近年の制作で新たに掲げるテーマです。もはや単なる作品の材料ではなく、力石さんにとって揺るぎない相棒のような存在である繊維。また、自分が長い時間をかけて身につけた「編む」という能力。それらにふたたび向き合い、人との、あるいは、自分自身との「つながり」を新しい方法で見出そうとする姿を、力石さんはこの滞在制作を通して私たちに見せてくれました。
会期は、滞在制作(11月11日~12月14日)と、展示(12月15日~12月24日)の二つの期間に分け、力石さんとのディスカッションを重ね、それぞれで会場の雰囲気を大きく変えるような構成としました。
前半の滞在制作期間中の会場では、頭上からは、ネット状の糸を被せた球体が浮かび、そこに刺さった細いピアノ線は、まるで粒子の動きを表しているかのようです。床には、制作の材料である大小さまざまの糸の玉が並び、それは自然のなかに散らばる鉱物を思わせます。そこには、完成した作品や試作の作品なども一緒に並べられました。
これらの糸はすべて、力石さんが過去の作品で使用した糸や繊維工場で余った糸、いわゆる「残糸」を、「ピグメントバイオ染め」(顔料で染めた後で酵素の含まれた液で洗う処理を施す方法)でグレーに染め直したものです。このように、自分が生み出してきたものであり、繊維産業でも課題となっている「残糸」を、力石さんは、環境に負荷のない方法でグレーに染め直し、ふたたび作品の材料として再生させます。ひとことでグレーと言っても、元の糸の色によって、青や緑、赤やピンクといった色味を帯びたグラデーションが生まれ、会場はじつに豊かなグレーで包まれました。
後半の展示期間中の会場は、滞在制作の場から一新、作品が整然と並べられた空間となりました。立体作品とともに、「編み図」のドローイングも展示されました。公園通り沿いからよく見える場所に展示された、りんごを思わせる《Apple Circulation》は、特に通りすがりの人たちの目を引きつけました。滞在制作期間中、窓を開け放って制作していた力石さんは、ある意味では、渋谷の街の喧騒やエネルギーと対峙しながら、制作を行っていたといえます。そのなかで、公園通りを通る多くの人々のみならず、通りにたち並ぶさまざまな店舗や企業の存在にも刺激を受けていたようです。
近年、力石さんが新しく手がけている作品は、「ほどける彫刻」と「ほどける絵画」のシリーズです。力石さんによって糸が編まれることで、ひとつの作品となりますが、しばらくしたら、力石さんによってほどかれ、ふたたび糸に戻るのです。一度つくればほとんどかたちを変えない作品とは異なり、それはとてもはかない作品です。しかし、見方を変えれば、同じ糸を材料として何度も再生させることができ、「編み図」さえあれば同じ作品をふたたび生むことができる、変容と循環とともにある作品といえます。そういった作品の制作に、力石さんは取り組み始めています。
この力石さんの試みは、会期の終わりに行われた、「ほどくパフォーマンス」でも披露されました。2日にわたって行われたパフォーマンスでは、「ほどける彫刻」と「ほどける絵画」が、力石さんの手によって、時間をかけて、ひとつずつ糸へとほどかれていきました。
力石さんは、このプログラムの期間中、来場者の皆さんとも積極的に交流し、その都度、テーマや作品について語らい、皆さんとの交わりを楽しみながら、糸に囲まれた空間で制作を行いました。滞在制作期間中に会場に用意したボードでは、「もし、この世界に糸と自分だけになったら、あなたなら、どうやって生き延びますか?」と投げかけ、答えを付箋に書いて貼ってもらい、来場者の皆さんと力石さんとの間接的な交流も行われました。
また、会期中には、皆で一緒に「繊維でサバイブする方法」を考えて創作する「ファイバー!ワークショップ!」や、同じ内容での東京都立文京盲学校美術部の皆さんとのワークショップを行ったほか、アーティスト・トークも行いました。
「ファイバー! サバイバー! ここにある術」は、37日間という短い会期のなかに、滞在制作、展示、さまざまなイベントと、もりだくさんの内容が詰め込まれたプログラムでした。何より、力石さんはほとんどの日を交流スペースで過ごし、制作に、展示に、皆さんとの交流にと、全エネルギーを注いでくださいました。
最終日は12月24日のクリスマス・イヴ。開け放った窓からは冷たい空気が流れ込んでいましたが、「ほどくパフォーマンス」が終わった会場には、ほどかれた糸とすべてのプログラムを終えた力石さんから熱気がはなたれ、厳かで熱い空気に満たされていました。この糸がまた変容し、循環し、新たな世界をかたちづくるのを楽しみにしたいと思います。
この充実したプログラムの様子を、ぜひ記録映像でもお楽しみください。
文:佐藤真実子(担当学芸員)