齋藤春佳「とどく」5

「とどく」齋藤春佳

●2021年6月18日の日記から

朝ずいぶんバスが空いていて、進みも早くて、天気も明るくて、今日はなんの日?何時?と戸惑う。自分が曜日間違えて出勤している可能性に怯えて確認するけど金曜日。大丈夫。

一週間色々なことがあって、先週がもう遠くていろんな生徒さんの顔は浮かぶけど名前を忘れている。1、2年生なんて2週間ぶりで、ちょっと心配。自分が。

というのが朝で、
Oさんと幻のように会ったり。お昼ご飯にわかめご飯15分で食べたり。DM渡してどう説明したらいいかわかんなくなったり。「強いて言ったら…せっかくここにいて目の前のものをかいているのだからここをもっと観察していいような…でもこう言う絵だからいいのか…?×10」って言ってその間その生徒さんずっと黙ってたり。I先生のサムズアップに戸惑う。「描くのたのしみになってきました!」って生徒さんから聞いてじぶんもたのしみになったり。屋外で、油画1年ですか?と近づいたら顔見知りの3年生で「なにしてるんですか?!」って驚きで笑っちゃったら「こう言う授業なんです」って驚きながら説明されて、なにしてるんですかってことないですね、お邪魔しました…となりながら、前期が終わりに近づいて、顔を合わせる回数が増えたぶんのゆるみというか、少しずつ、人と知りあっていく喜びも感じた。

どう描けばいいんだろう?と悩んでる人と一緒にどう描けばいいんだろう?と考える。見てるとどんどん良く見えてくる。絵って面白いな。
描かないより描きすぎて失敗した方が経験の量が多くなるから、描くのやめるかどうか迷ったら描けば、と言う乱暴なことを描くのやめるか迷ってる人にだいたい言っていた。
私より全然絵うまいよ~といろんな絵を見る。普通に感動したりしていて、なんというか役立たずかもしれない。

吉祥寺でもうだめだ、疲れすぎた、お腹もペコペコ、とサンロードで買ったソフトクリーム食べながら帰り道のままアトリエに行く。

手紙が届いていてうれしい。

ダンスの公演に誘ってもらうテキストを読んで、「行きたい!」と思う。

そのあと帰り道のバスで、渋谷公園通りギャラリーのウェブにアップしていただいたブログをSNSで宣伝する。
宣伝するにあたって、今まで”聴覚障害者の方”という言い方が、しっくりきてはいないけれどそう言うしかなくて、”聴覚障害者の方とやりとりして作品を作るプロジェクト”と言う言葉を使っておしらせをやっていた。
やっていたというか実際は、奥に入ってこないと(クリックする階層や動画を見るアクションを経ないと)それがあまりわからないようにしていた。
私がどういう人とやりとりしたいと思ってそれがなぜかというのを、看板みたいには判断できないようにしていた。

けれど、今回宣伝の文言を書きながら、だんだん、
“聴覚障害を持つ方”
という言葉が出てきて、これなら言えるかも。と思った。
それは、hちゃんから、その聞こえなさはどういう聞こえなさなのか、音楽はどう聴こえているのかを手紙の中で教えてもらったからなんじゃないかと思った。
想像するしかない聞こえなさ。
私が持たない感覚。
私が持たない感覚を持っている人。聴覚障害を持つ方。

わたしにはわかることのできない感覚であるということを想像はしていた。
だけれどそれがついに、手紙で描写された。

【文:齋藤春佳】

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