齋藤春佳 9【Hちゃんのダンスを見に出かける。】

「とどく」齋藤春佳

2021年8月1日の日記から

とどくで手紙やりとりをしてるHちゃんのダンスを見に出かける。新宿。

隣で見ているIが最初から最後までノっていた。
「こういうのは見る側が含まれてるんだよ」とか。それは素晴らしい考え方だと思う。

演目というかグループの名前は知らされているんだけれど、演目の順番が知らされていないから、Hちゃんがいつ出てくるのかわからないでいて、毎回始まる前にアイフォンのカメラを構えては、違った…となりながらいくつもの演目を楽しむ。そもそも彼女の顔も知らない。
3日前のトークの時、橋本先生が
「きっとどの子がそうかわからないと思いますよ♪(耳が聴こえる人に混ざって踊っているけれど、それにひけを取らないくらい踊れているはず)」
とおっしゃっていて、そのわからなさは私にとってはいいことなのか…?あまりにもわからないけれど…。とちょっと面白く感じていた。

あんまり何か分からずにきたけど、ヒップホップの文脈のダンスが多い。こういう感じのダンスは腰を据えてステージで見たことがないから、新鮮で楽しかった。そもそも舞台を客席で見るのがこのコロナ禍で久しぶりすぎて、こういうのすごく楽しいんだった~!と嬉しかった。
色々な趣向の演目があるけれど、いわゆるダンスが見やすい。
楽しみやすい。
西田幾多郎の純粋経験における主客未分の話が頭をかすめる。
振り付けに体をあけわたしているように見受けられる時、楽しそうだし、楽しい。
というか、感情を言葉にしたあとそれを振り付けにしたものという形の演目はもはや、ダンスというものにできることが矮小化されてる気がして、自分はあまり見る感じにならないっぽいということが、上の空になっちゃっていて、ハッとして、わかったりもした。

なんかオリンピックのこと考えている瞬間があった。オリンピックに賛成とか反対したりとかそういうことや、このダボダボ衣装の文化的背景に何が含まれているかとかが、あったとしても、なかったとしても今この張り詰めた発表の瞬間に考えては踊ることはできない…それが否定されるべきではない…という謎なことを思っていた時があった。

アイフォンのカメラでスタンバってたらついにHちゃんのグループの名前が呼ばれて(結局最後から2番目とかだった気がする)、出てきた人数がその日史上最大で驚いた。それで自分はなぜか泣いていた。
なんで泣いたのか全然わかんない。
実際にそこにその中の誰かはわかんないけど、今まで手紙だけでやりとりをしてきた相手が本当にいるっていうこと自体が胸に迫ったのか、演目に感動したのか。人数が多いのにびっくりして胸に迫ったのか。そもそもちょっとしたことで泣きやすいといえばそう。

(学校の話をしてて
「普通に生徒さんの絵に感動したりしてる」
「そういう時何ていうんですか」
「感動してます…て言った」
「ただの感受性の強い人が教授たちの中に混じってるだけやないですか」と笑って言われたの思い出す。これは最近たびたび思い出す。本当にそうだという気持ちと、他になんかないのか私?できることが少ないよ、という気持ちが今もあって、思いが及ぶ。)

理由を言葉にできないまま、ただ泣いて見ていた。涙ごしで何が何やらだが、カメラで撮ってるから大丈夫とも思っていた。

あまりに暑い。へとへとだが、Sさんの展示を見に行くチャンスが今日しかないと思ってみにいく。果物を通して執り行われるスナップ的な絵画とテキストの展示だった。
駅そばを食べて、それでオンゴーイングのオープンスタジオの決まってないことを決める話し合いに吉祥寺へ帰る。汗を拭いてから話した。人間が複数いて、みんなで決めるべき決まってないことはちょっとずつ川の流れみたいに決まることもあるけれど、それでも流石に本人が決めるしかないことはある。

夜にした会話
明日はとうもろこしも届くしね
とうもろこしはここ(グリル)で焼くといいらしいよ
ふーん?
皮のまま焼くの
お母さんが言ってたの?
ううん、ピアノの先生
ふふふ…どなた?
カワダさん
カワダさんだから焼くとき皮つけたまま焼くって言ったの?
うん

***
10月26日の今、8月1日に泣いた理由について、時間が経ったらわかるかなと思って考えていたけれど、なんかもっとわからなくなった。遠くなったぶん、わからなくなったように今は感じています。でも、泣いたこと自体は消えないというか、なかったことにならないから、置いておけるというような実感もあります。涙が物質だから?

【文:齋藤春佳】

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