齋藤春佳 10【そのままでは生きづらい社会の方に障がいがあるんだとしたら】

「とどく」齋藤春佳

2021年9月17日の日記から

郵便物たちに紛れていた手紙を見つけて、え!!!と思う。
9月の初めに手紙をもらっていた。申し訳ない。

夕飯とんかつうますぎる。
天才?
食べながらしていたIちゃんのばあちゃんの話から、私はおじいちゃんにもっとできたことがあった、でも自分のことでいっぱいだった、私が通っていたことが良かったんだろうけど、もっとできたはず、でも、できなかった、その時の私には私の人生が大きすぎて、困難すぎて、その時はそんなことはできなかった。でもしなければいけなかったと思う、でもできなかった。私だけではできなかった、でも、もっと他の家族も巻き込んでできたはずの働きかけもあったんじゃないかとも思う。という話をして泣いた。おじいちゃんが、もしも、寂しかったり、心細かったり、したとしたら、したとしても、そうじゃない時間もあったと思いたい。でも、ここには今しかない。これはどうしたらいいんだろう。

嶋本昭三さん注1の絵の具投げの葬儀の動画を見せたら、「春佳の葬式では、Aさんと協力して、石を一つずつ持ってきてもらって、それを天秤に乗っけるとだんだん幕が開いてくるやつやるね。」
と言われてめちゃいいじゃんと思ったのが最初に来て、どんな話すんだよと思ったのもあったから両方の気持ちが残った。

葬式の前に結婚式やりたいんですけど

そうだった
ご祝儀の代わりに石持ってきてもらう?
いや~残るのが石だけってのもちょっと
でも石はさいあく捨てたらいいから
いやそういうこと?
でも葬式ならさ、石は墓石の周りに並べたらいい
それは可愛く並べてください

2021年9月18日の日記から

起きたら変なモスキート音みたいに一定の音が区の防災スピーカーから流れ続けていて、雨がざばざばと降っていて、不穏な感じだけを感じる。言葉はない。

先に起きていたIに「何?」と聞くと
「わかんない、河川が氾濫しそうなんじゃない?」
「えー」
「こんな放送だけじゃ駄目だよ、なんでちゃんと情報を書かないんだろう、耳が不自由な人とかどうするわけ?」と多分ケータイでwebを見ながら言っていて、
「そうだと思います、今週気づいた、もらっていた手紙にも、社会の方に障がいがある、耳が聞こえないことを個性として捉えてもらえることはそれで嬉しい、けれど、そのままでは生きづらい社会の方に障がいがあるんだとしたら、それはなくすべきだって、書いてあったのを、私は読みました」
と寝ぼけ頭で言った時に初めてその書いてあったことから受けとったことを言葉にして自分の耳で聞いたことで、なんかハッとしながら喋った。
「本当そうだね」

7時少し過ぎたあたりで放送が止む。

家を出る直前のIに「音楽で誰が好き?」と聞くと「酒井さん」って言うから「誰?」ってなって、「moools注2の」「へー!細野晴臣さんじゃないんだ!」となる。
自分の持っている能力とはちょっと違うところと、でも幅の形みたいなのに引かれるという話だった。
私は一番好きなアーティストって、誰なんだろう。

柚子胡椒風味ぶり漬け、納豆、オクラ、アボカドで丼。あとなめこ汁。
ぬるぬるねばねばしたものを美味しく感じるの、ふと、何かのきっかけで駄目になってしまわないか怖くなってちょっと気を遠くしながら食べる瞬間があった。美味しかった。涙をこぼしながら作った柚子胡椒はもう全然辛くない。
寝る前にこれを書いている今、玄関側のマンションの廊下で口笛を吹いている声(音?)が聞こえてきて「どろぼうくるぞ」って思った。口笛を夜中吹くと泥棒が来るっていうのはなんでかって仲間だと思って泥棒が来ちゃうって話なんだって小さい頃聞いたけど、泥棒がわざわざ自分の居場所を知らせる口笛を吹かないだろう。と今なら思う。でも、そう思わせているからこそ、逆に口笛吹いてるのが聞こえたら”その人自体が泥棒”っていう可能性を考えづらいことによって住民の油断を誘って、さらには仲間も誘って襲撃しちゃうのにうってつけな手段なのだろうか?
小学1年生ごろ、箱の中に箱をマトリョーシカみたいに重ね続けて、「これを開けても開けても箱だから、最後の箱にたどり着く途中で泥棒はこの箱どうせだめだわ、と思って隣の箱を開ける、そうするとそっちにはすぐ偽物の宝が入っているから、これがお宝だ!と思ってそれを持って行っちゃう、でも本当の宝はこの重ねた箱の一番奥に入ってる」って言うのをHくんの屋根裏部屋みたいな場所での泥棒ごっこみたいなので準備して説明したら「頭いいね!」と本当に感心されたのが嬉しかったことを今ですら覚えてるのはそれが嬉しかったからだと思うし、私の恋の形ってこういうちょっと感心され認められながら好かれるゆえに好きになる心のフォーマットが当時既にあるんかいと思ったりもするんだけど、aだからbでゆえにbだからcって言うだけでその理由と結果の確からしさがあると思い込める未来や人への妄想じみた期待がおろかだよ~、と恥ずかしながら、さっき泥棒の話書いてる時その箱の仕組みを思いついた時みたいな頭の使い方を感じたからその箱のことを思い出した。人間はそんなふうに、aだからbでゆえにbだからcってふうには動かない、誰かがしっかり主人公である物語の中のサブ悪役キャラしかそんなふうに都合に沿っては動きません。


【文:齋藤春佳】


注1 嶋本昭三(1928年-2013年)美術作家 「具体美術協会」のメンバー
注2 moools
1997年頃結成されたバンド

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