齋藤春佳「とどく」3

「とどく」齋藤春佳

2021年6月7日
手紙を書いていたら書くスピードより気持ちが急いてしまって、どんどんつんのめっていくみたいな気持ちになった。たくさんのことを伝えたい全部と一文字ずつしか書けないこの感じがもどかしい…と思ってそう書いた。
書きながら、
この一文字一文字綴るしかないことと、会ってワッと顔を見合わせたらそれで伝わるかもしれない全部っていうスピード感のギャップは、
「一文字一文字を伝える指文字」と「そうではなくて伝える手話」のちがいみたいかもしれないと思って、そうも書いた。

私は基本的に手紙が好きな方で、むしろ顔を見合わせて喋ると緊張してしまって言葉が出てこなかったりして本当にそれで頭が回らなくなったりもするものだから、書き文字の方が自分が伝えたいことが自分でもわかってくるような感触と共に生きてきていて、だから、なんか、このもどかしさは珍しいというか新鮮だった。字がもともと汚いことを超えて見苦しくなっていることを謝りながらというか、字でそれを書いていた。

☆「自分を大人だと思うエピソードはあるか」
尋ねられて、それを読んだ時、「えー!ないよ!」と思った。
むしろいまだに子供だと思う恥ずかしいエピソードであれば事欠かなくて、人との関係で相対的に子供扱いされるエピソードすらある。
だけど、立場は大人で子供を守る立場であるから世界に出ていくときは大人だと思う背骨を背中にシュッと入れて生きなければいけないと考えている、って、そう思っているんだけどなんかそれを書いている時はそううまく言葉にはできなくって、それを書いているうちにペンのインクがなくなって、別のペンで書き始めたんだけど、書いている私という同一性は保っていることが書いている間に響いてきて、この今起きていることの有り様は、人の細胞は3ヶ月もあれば全部代謝して入れ替わってしまって脳細胞までもそうであるからして、じゃあ私たちの記憶とか私は私であるってことはどういう風に保持されているかっていうとそれは、つながり方、方法、道筋として保持されているんだって話を生物学者の福岡伸一さんが確かラジオで言っていたことを思い出して、それはもらったお手紙に書いてあった
「たぶん、きっと、中学生の時の私と今の私と根本的な部分は全然変わっていないんです。」
「昨日の私は今日の私だし。」
という話と響くなと思って、その辺を替えたペンで書いていた。

☆「眠れない夜の暗闇で自分がどこにいるのか、宇宙にいるような感覚になる話」
私はおこたつに潜って眠ってしまって起きた瞬間に感じる感覚としてその感覚を経験したことがあると思ったけれど、それって、2人が経験したそれらは同じ感覚なのか、誰も確かめることができない。
会っても確かめることができない。
どんなに仲良くても、言葉を尽くしても、自分が感じた感覚と、誰かが感じた感覚が、同じ感覚なのかどうかは確かめることができない。
それは特殊なことではなくて、恋人や家族とですら起きていることで、それでも「同じ感覚を経験したことがある、2人とも」と思い込みかもしれないけれど思うのは可能で、そんなのは人間の根本的な相手も自分と同じように意識があって生きているんだという当たり前のことを確かめ直すようなことなのかもしれないんだけれど、だけど私にとっては最近のどうしても引っかかる、気になるポイントである「同じ感覚の場所に行ったことがある」と思える不思議、それがあって楽しい。
というようなことを書いた。
「その感覚はちがう」という返事が来るかもしれないけれど、その返事が来るまで思い込み続けられるのが手紙の良さとも言える。

☆同封してもらったチェキ
方向性を持って揺れているシュロの木(多分)に、強く風が吹いているその場所の空気が映っていると感じた。3月14日に自分がみたシュロの木の思い出と、最近よく通る家の前に2本立っていて気になる影を家の壁に落とすのが面白くて描いたりしているシュロの木のことを思い出す。
自分の経験の中の同じ種類の木とHちゃん(と呼ぶことになった)のいた場所が頭の中でつながることがなんか面白い。頭の中の場所の絵が1枚描けそうな気がする。ということ書いた。

●バラバラのシュロの木の経験の絵とそれを繋ぎ合わせるもらったチェキ、これらを元に絵が書けそうな予感がしています(描かなかったらごめんなさい)。

☆「これから手紙を書く時間に入ります。
と書かれた夜中に書かれた手紙のライブ感がすごく良くて、自分も珍しく夜中に起きていたものだから「今だ!」と書き返してみたら最後にすっごい変な馬鹿馬鹿しいこと書いちゃってなんか、あれ〜、と思ったけど、いっか、と思ってもう夜中だから眠った。
夜中に行来する手紙。


☆耳が聞こえないけれど音楽が好き
という話を何人かから段々に聞いて、それが私の思い込みの範囲から完全に飛び出ていて、そのことを、詳しく
もっと聞かせて欲しい、と考えて、そう書いた。どういう程度の耳の聞こえなさで、どういうことなのか、きっと人によって違って、それを文字で伝える加減すら人によって違うから、だけれど、教えてもらえたら嬉しい。

嫌な聞き方をしてしまったりしていないか、心配にもなっていて、
嫌なことがあったら、言ってくださいねと思ったり、
大学の前期の半ばの忙しい時期であることだろうなと想像したりして、返事が来るのを待っています。
楽しみにしている漫画の発売日と心の中の光り方は似ているけれど構造が違って、手紙が来る日は決まっていないから、本当に、右往左往してしまう。

【文・画像提供:齋藤春佳】

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